もじこ塾について

もじこ塾で行なっている授業について、そしてディスレクシアの生徒向けの英語教育で大切にしていることについて、紹介します。


「なぜか、英語が他の子のように読めない」。そんな生徒に寄り添う

――今、教室ではどのようなクラスを設けているのですか。

 大まかには、中学生向けのクラスと、大学受験をめざす高校生・浪人生向けのクラスの2つを設けています。両方とも生徒は、ディスレクシアの特性を持っていることを条件に入会していただいています。


中学生クラスでは、「いざ中学で英語の授業が始まってみると、なぜか読めない」という子たちに向けた授業を行っています。読み書きの困難を訓練で緩和し、学校の授業を理解できるようにする。そこを、まずはめざします。


一方、大学受験生には、ディスレクシアの特性をある点では生かし、ある点ではカバーしながら、大学受験を突破することを主眼とする授業を行っています。


 両クラスともベースにあるのは、英単語を読めるのは決して当然のことではないという認識、そして単語を読む手助けになる「フォニックス」と呼ばれる教授法です。


フォニックスでは英語の音と文字の対応を整理し、順を追って教えます。英語圏の初等教育、つまり日本で言うところの「小学1年生時の国語の授業」でポピュラーな教え方で、ディスレクシアの子供たちに非常に有効だということが研究で明らかになっています。



フォニックス以外では、もじこ塾では英会話、筆記体、構文・文法に多くの時間を割いています。学校現場では扱わないものもありますが、英米ではディスレクシアに効果があると言われています。これらを日本のディスレクシアの中学生向けにアレンジして教えています。

――中学校で英語を習うようになって、初めてわが子のディスレクシアに気づく親御さんも多いと聞きます。

そうですね。今、日本の学校における英語の授業は、音と文字を難なく結びつけることができる生徒たちを基準に設計されています。しかしディスレクシアの子たちは、そこでまず、大きくつまづいてしまうのです。 文字を見ても音が思い浮かばず、どう読むかわからない。逆に、単語を聞いてもスペリングが浮かばないので、聞いた通りにしか書けません。


こうした困難をもつ生徒がクラス全体の1割程度ごく軽い困難をもつ生徒まで含めると2割以上はいると言われます。そして言語の特性上、ディスレクシアは日本語より英語に出やすいのです。日本語だったらなんとかやりくりできたディスレクシアの生徒も、英語の習得には程度の差はあれ非常に苦労します。


それゆえ、学校で英語教育が始まる時期は、その子が持つディスレクシアという特性が、苦労とともに表面化するタイミングといえるでしょう。でも苦労に気づいてもらえることはまれで、ディスレクシアの生徒は往々にして「自分は努力が足りない」と自分を責めます。ディスレクシアの子が英語が読めないのは決して努力不足でも、やる気がないわけでもない。脳の特性上そうなのだということを、学校現場の方にはぜひ知っていただきたいです。


フォニックスのように、ディスレクシアの人にとって有効な英語教育メソッドが、海外にはすでにあります。それを用いれば、英語に関しては、大幅なハンディの差を縮めることは可能なのです。

――もじこ塾での授業は、生徒たちにどのような変化を生み出していますか。

文字と音の関連を身につけると、学校の授業が理解しやすくなり、格段についていきやすくなります。そうした効果と実感を、もじこ塾の生徒たちは獲得しています。


もうひとつ言えるのは、もじこ塾に来て、自分と同じような仲間がいることに安心する生徒が多いということ。学校での英語の授業についていけず、自己否定気味だった生徒が、「これは自分の特性であり、努力不足のせいではない」ことに気づける。自己理解が進むので、精神的にとても落ち着きます。これは、非常に大きな効果だと感じています。

ディスレクシアは個人の学力不振ではない。社会によって作られたもの

大学受験生向けには、どのような授業を行っていますか。

大学受験生は志望校対策を行うので、個別で教えています。初めての生徒には、まずフォニックスを教えます。それから短い文章を音読させ、単語を正しく読めているか確認しながら読み進める練習をします。この読み訓練はとても厳しいですが、一定の効果があります。

一般の大学受験予備校とは、どのように違うのでしょうか。

ディスレクシアの生徒にとって一般的な予備校の英語の教え方は、一言で言うとミスマッチなのです。


たとえば予備校の英文読解の授業は予習前提、つまり問題文を読んで授業に臨み、意味の読み解き方について解説を受けます。多くの生徒たちはそこが苦手だからです。


しかしディスレクシアの生徒たちが苦労するのはその前の段階。英文を見て、そもそも読めるかどうかという点です。一方で、読むことさえできれば大意を理解する能力が高いのもディスレクシアの特徴です。不思議に思えるでしょうが、ディスレクシアにとっては読字ができれば読解はたやすいのです。

もじこ塾では訳読、ライティング、文法といった受験英語の王道も教える一方、英会話や筆記体といったディスレクシアならではの指導も行います。比較的得意である文法や構文を伸ばし、それを使って苦手な分野を引き上げたりカバーしたりすることを意識しています。

いわゆる個別指導や家庭教師も生徒一人ずつに対応していますが、それらと、もじこ塾での授業の違いは何でしょうか。

大きく分けて3点あります。


第1に、生徒一人ひとりに合わせて、最新のディスレクシア研究をもとに教え方を変えている点。ディスレクシアと一口に言っても、その困難の原因と表れ方は多彩です。生徒本人と常に話し合いながら、授業内容を調整していきます。


第2に、英語力アップと特性理解を表裏一体と位置づけている点。

先ほども言った通り、英語はディスレクシアが日本語よりも出やすい言語です。日本語を母語とするディスレクシアの生徒が英語をものにするには、自分の特性を正しく理解する必要があります。いわば特性理解が英語力アップに欠かせないのです。

一方で、英語を学ぶためのアプローチを模索するなかで、生徒は自分に適した学び方を知ったり、自分が何が得意で何が不得意かを実感します。つまり、英語力アップを通じて特性理解が進むのです。こうした自己理解は英語だけでなく、その後の進路選択全体に良い影響を与えます。


第3に、個別指導であっても生徒同士が接する機会、さらには卒業生と生徒が接する機会を意識的に設けている点があります。自分と同じ特性をもつ同年代や先輩後輩と交流することは、生徒にさまざまな気づきを与えます。

ディスレクシアの生徒は、今までは「できない生徒」として切り捨てられてきた側面があります。

ディスレクシアはトム・クルーズがカミングアウトして知られるようになりましたが、日本の特に学校ではまだ知られていないのが現状です。


ディスレクシアは家族性の面があります。子どもがディスレクシアだとわかると、その両親や祖父母にもディスレクシアの人がいることに気づくことが少なくありません。でも祖父母はそれほど苦労していない。なぜか。今ほど英語ができることが社会的に要求されてこなかった、漢字の書き取りが今ほど厳しくなかったから――つまり、ディスレクシアは社会によって作られている部分が強いのです。


  ディスレクシアはおそらく古今東西ずっと存在してきた少数派で、その独創性から時代を動かす力も持っていたはずです。たまたま文字重視、英語ブームの今の日本社会に生まれてしまったばかりに、不当に苦労しているという見方もできます。ディスレクシアは個人の学力不振ではないと私は思っています。

学校現場の方々にディスレクシアの存在を知ってほしいと切に願っています。効果的な教え方の体系化はこれからですが、せめて心ない言葉を投げかけることはやめ、生徒にさまざまな特性があることを理解して、長い目で見守ってほしいのです。


ディスレクシアの人は文字を苦手とする一方で、空間把握能力や映像思考、コミュニケーション能力、全体を俯瞰する能力などにきわめて優れていることが多いのも特徴です。学校はどうしても文字で生徒を評価する場ですが、文字に関係ない分野で得意なことがあるかもしれない。教師はそんな視点で生徒を眺め、得意なことをほめる役割があるとも思います。

今後どのような取り組みをしていきたいと考えていますか。

生徒たちの反応を見ながらメソッドや教材を作るのは、手ごたえを非常に強く感じる仕事です。生徒たちがより学びやすく、成果も得られるよう、教材と教え方のブラッシュアップは今後も続けていくつもりです。


生徒と最近話すのですが、いつか、もじこ塾がディスレクシアの生徒専用の学校――小中高へと発展したら面白いだろうなと考えます。ディスレクシアに理解のある教師が全教科そろっていて、特性を理解した授業が行われている。先輩と後輩との交流によって、ディスレクシアであることに誇りを持って成長できる。ディスレクシアの生徒が自己肯定感をもって、のびのびと学べる場ができれば、と思います。